2007年12月26日水曜日

あらためて検定意見の撤回と記述の回復を要求する

2007年12月27日付発表

声明

文部科学省ならびに教科用図書検定調査審議会が、沖縄戦記述についての訂正申請に対する不当な修正を強要して、ふたたび歴史の真実を歪曲したことに強く抗議し、検定意見の撤回と記述の回復を要求する

大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会(沖縄)
大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会(大阪)


■文部科学省ならびに教科用図書検定調査審議会は、12月26日、教科書出版社6社から提出されていた沖縄戦記述に関する訂正申請8点について、審議結果を発表した。

■それは、検定意見の撤回をかたくなに拒否し、そのことを前提として訂正申請の内容に不当な修正を強要して、ふたたび歴史の真実を歪曲するものである。これに対し私たちは強い怒りをこめて抗議し、検定意見の撤回と記述の回復を要求する。

■そもそも今回の沖縄戦記述についての検定問題は、いわゆる「集団自決」に関し根拠のない検定意見を付して、これまで長年にわたって教科書に記述されてきた日本軍の強制性を削除させたことに端を発している。沖縄戦研究が積み重ねてきた成果としての通説を無視し、かつ根拠のない検定に対し、各方面から強い批判がおこったのは当然である。さらに、沖縄戦の歴史的体験にもとづき沖縄県民の心の底から発せられた声は「歴史の事実をゆがめるな」「ふたたび戦争の悲劇を繰り返してはならない」という大きな運動のうねりとなり、ついに11万6千人の県民大会に結実した。沖縄県民大会は、検定意見撤回と教科書記述の回復を決議し、政府・文科省をはじめ各方面に要請を行ってきたところである。ここにいたってようやく政府は、検定によって書き換えさせられた教科書記述の訂正申請を受け付けると表明した。

■したがって、今回の訂正申請の焦点は、検定で削除させられた「集団自決」における日本軍の強制が明示されるか否かにあった。ところが文科省ならびに検定調査審議会は、12月4日、沖縄選出の各国会議員および各団体の申し入れに対し、検定意見は「学問的立場から公正に行われた」などというすでに破綻した見解をあらためて示し、検定意見撤回をあくまでも拒否する姿勢を示した。さらに同日の「申し入れ」の直後に文科省ならびに検定審議会は各出版社役員を呼んで「指針」(その後の文科省のいいかたでは「考え方」、今回の発表文書では「基本的とらえ方」)なるものを口頭で言い渡した。そこでは、直接的な軍の命令により「集団自決」が行われたことは確認できないとし、今回発表された「検定意見を付した背景」では、日本軍の隊長による住民に対する自決命令の存在は明らかでないとしている。そして「集団自決」には複合的要因があるとして、軍の責任をあいまいにする記述を求める方針を示した。しかし隊長の直接の自決命令がなかったとしても、それが軍による強制がなかったことに直結するものではなく、軍による強制を削除する根拠にはなりえない。

■にもかかわらず文科省は、これらの方針にもとづき、軍が強制したのではなく、住民の側が強制と思い込んだのだというとらえ方を押しつけ、5社7点の出版社・著者に対し訂正申請に対する不当な修正を強要し、申請の取り下げと再申請をさせた。その結果、日本軍を主語とし「強制した」「強要した」「強いた」「させた」等を述語とする記述はすべて認められず、住民が「集団自決」に追い込まれたという趣旨の記述のみが容認されている。

■結局、文科省ならびに検定審議会は今回の訂正申請の焦点となっている問題に対し、昨年12月に通知された検定意見をそのまま維持し、まったくのゼロ回答というべき結論を示したのである。これは沖縄県民大会に示された県民の怒りとその思いを無視し、本土各地で続いている検定意見撤回を求める地方議会決議を無視し、「集団自決」についての研究成果をもまったく否定したものである。検定審議会から意見を求められた林博史教授がご自身の意見書を公開されているが、林教授の意見書もまったく無視されたといわざるをえない。文科省ならびに検定審議会は、昨年度の検定にひきつづき、訂正申請に対しふたたび根拠のない誤った決定を行ったのである。これでは訂正申請の意味は無に等しいといわざるを得ず、沖縄県民はじめ、多くの市民はとうてい納得できない。

■このような結果は、検定意見撤回が行われないままの訂正申請がいかに大きな限界をもつかを示したものでもあり、検定意見撤回の重要性があらためて明らかになった。

■また、福田首相はじめ政府首脳が、沖縄県民の思いに配慮するといってきたこともまったくの空手形だったことが明らかになった。その責任はきびしく追及されなければならない。

■いま欠陥検定を許した背景として検定の密室性が大きく批判されているが、今回の訂正申請の審議にあたっ
ても、文科省がなお密室性を確保すべく訂正申請審議の途中経過の公表を各出版社に強く禁止していた。さらに検定審議会は、訂正申請の内容の「調整」を教科書調査官に委任し、実際には教科書調査官が出版社側との密室でのやりとりで不当な修正を強要していたことも明らかになった。これは従来の通常の検定のやりかたとまったく同質であり、さきにあげた「指針」や「とらえ方」も実質的には教科書調査官が作成し、訂正申請の最終決着も教科書調査官がとりしきっていたことを疑わせるに十分である。しかもその教科書調査官が、今回の訂正申請に反対する運動を行った特定の歴史観をもつ団体と密接な関係にある人物であることも明らかになっており、こうした検定・訂正申請審議のやりかたは決して容認できるものではない。
このような結果にいたった背景には、歴史を歪曲し戦争を美化してふたたび戦争する国家体制づくりを目的に憲法改悪をねらう右翼勢力と、それにつらなる多数の政治家が、強力な策動をおこなったことが推測されることもここで指摘しておきたい。

■直接に現地の隊長が住民に命令したか否かにかかわりなく、日本軍が示してきた「軍官民共生共死」の方針、それにもとづき米軍への恐怖心をあおり敵の捕虜になるなと強調してきた教育、手榴弾の住民への配布、そのさいに「一発は敵に投げ、一発で自決せよ」と軍が命じてきたことなど、すべてが日本軍の強制によって「集団自決」が起こったことを示すものであり、検定意見および訂正申請に対する今回の決定が誤っていたことは明白である。沖縄戦において日本軍により虐殺された人々、肉親どうしが殺しあわなければならないという悲劇を体験した人々、それによって永らえるべき命を無残にも断ち切られた人々に思いをはせるならば、文科省や検定審議会にこの歴史の事実を教科書から消す権利が一体どこにあるのかと問わなければならない。今回の訂正申請の審議において、文科省ならびに検定審議会が、誤った検定意見にさらなる上塗りを重ね、沖縄県民の願いをふみにじり、ふたたび歴史の真実を歪曲したことは絶対に許すことができない。

■私たちはこのような今回の訂正申請の審議結果に対し強く抗議する。文科省は誤った検定意見をただちに撤回し、訂正申請の審議をやりなおし、記述の回復を求めた各社の訂正申請をすべて基本的に認めることを重ねて要求する。

■同時に、今回の沖縄戦検定に対する怒りと運動の高まりは、多くの人々の歴史認識を深める機会となり、歴史を歪曲する勢力に大きな衝撃を与え、検定による当初の書き換えを若干とはいえ手直しせざるを得ないところに追い込んだ。また、検定制度のありかたへの関心を深め、検定制度改善を求める世論を高める結果となり、初歩的成果とはいえ今回の訂正申請の審議経過を一定程度公開させることになった。これらの成果をひきつづき発展させ、検定意見撤回と記述の回復、検定制度の抜本的改善が実現するまで、さらには歴史改ざん勢力・右翼勢力の教育・教科書に対する政治的介入の策動をやめさせるまで、私たちはさらにたたかいつづけることを宣言する。
以上